技術の話を少しだけ。
我々はアイロンをすることを「プレスする」という。
一般的にはアイロンはかけるものでありシワを伸ばすものという認識かと思うが、テーラリングにおいてはアイロンはプレスするものである。
アイロンがけと聞くと蒸気をブシャーとしながらアイロンを上下左右に動かしている光景を想像すると思う。シワを伸ばす目的でのアイロンがけなら正解であるが、プレスはあんなにアイロンを動かすことはない。
むしろ生地の上に置いて動かさずジリジリと時間をかけて熱と圧をかけていく。
つまりプレスとはその言葉通り「圧する」ことなのである。
水分でふやかした部分を熱と圧力によって自分の思う立体に形成していく。
これが洋服を作る上での大変重要な作業なのである。
なのでアイロン本体は5kg~10kgのものを使う事がほとんどで、家庭用や工業用アイロンでは重さが足りない。
また、これも何年も前から雑誌などでよく目にする「くせ取り」。
くせ取りの神格化でテーラリングにおけるアイロンはくせ取りがほとんどかのような感覚をお持ちの方も多いかと思う。
しかしこれはプレス作業のほんの一部に過ぎずもっと大事な部分があると思っていて、それは「余分(ゆとり)を熱と圧力によって入れ込み一体化させる」ことである。
このゆとりというのが洋服には随所に入っており、このゆとりの入る場所と量によって洋服は立体を保ち続けることが出来るのだ。
それは表生地だけではなく中の芯地も含めての話である。
例えばラペル部分の表側には裏側よりもゆとりが入っているし、表生地と芯地にも芯地側にゆとりが入っている。
もっと言うと表生地と裏地も裏地の方がゆとりが入っているのである。
ただ、このゆとりを入れ込むという意味が文章だけではなかなか伝わりづらいので次の画像をご覧いただくと少しはご理解いただけるかと思う。
これはジャケットの前身頃の内側である。
グレーの芯が毛芯で、白い芯がバス芯という胸のボリュームを出すための芯である。ハ刺しのところはラペル部分だ。
そして青で囲っている部分の黒いテープは綿のテープなのだが、胸のボリュームを出したい位置をメインに前身頃側が波打つ程度引っ張りながら付ける(画像参照)。これにより前身頃よりテープの方が短く付いていることになる(大体1cm~1.5cm程)。つまり「前身頃側の方が余分(ゆとり)が入っている」という事だ。
ここは胸のボリュームもそうだがラペルの返り線の近くで伸びやすい部分であり、その伸び止めの意味が大きい。
あとはバス芯の裁ち端をカバーするためでもある。
しかしこの波打ったままでは勿論良くない。
なのでこの波打ったゆとりをプレスで入れ込み一体化するのである。
あて布に水を付けてその上から重いアイロンでじっくりとプレスする。(内側なのであて布をしない場合もある)
するとこのように波打ちが消え平らになる。
つまり、熱と圧力により前身頃とテープがゆとりが入りつつ一体化したのだ。
これでこの服は長年着用しても身返し部分が伸びづらくなった。
この波打ちは後で復活しないのかと疑問もあるだろうが、ここは生地がバイアス(斜め)なので入れ込むとそのまま馴染む。逆にバイアス部分なので伸び止めをしないと伸びやすくなってしまうという事でもある。
これは工業用のバキュームアイロンでも可能は可能だが、やはり時間をかけてプレスをした状態と比べると馴染み方が全然違う。
こういったプレス作業やくせ取り、仕上げまでとにかくアイロンでの工程がいたる所にある。
そうして立体的で型崩れなく長く着用できる洋服が出来上がるのだ。
プレスこそがテーラリングの心臓であるといっても過言ではない、と作業していていつも思う。