昔からよく考えていることがある。

良い服を表す指標の一つに「着心地が良い」という言葉がある。

ショップに洋服を買いに行くと結構な頻度で耳にする言葉だ。

では、「着心地が良い」とは一体何を指しているのか。

なんとなくぼんやりとしていて、既製品なんかではある種販促上の便利ワードのような気がする。

しかしビスポークを職業にしている人間にとってはこの言葉の定義は明確で、僕の中での「着心地が良い」というのは具体的には「動きやすさ」と「着やすさ」の2つである。

なんだそんな当たり前の事かと思われただろうがこの当たり前こそが根幹で、この部分を突き詰めていくことがビスポークの本質なのだと個人的に思っている。

そして「動きやすさ」と「着やすさ」は同じようだが僕の中では意味が違うので、その違いを説明したいと思う。

まずは「動きやすさ」。

腕をあげたり椅子に座ったりなど何か動作を行った時にストレスを感じず快適に動くこと。これが「動きやすさ」だ。

これは主に型紙と体型補正によって実現される。

本当にちょっとは縫製によって影響の出る部分はあるかもしれないが、動きやすさは元の型紙とその人の体型に対しての補正が適切かどうかがほとんどである。

なので、ただ単に手で縫っているから機械で縫うより動きやすいというのは僕は全く信じていない。

型紙が良くなくても手で縫ってさえいれば動きやすいのならばすごく簡単なのだが、そんな事はない。

次に「着やすさ」だが、ここでいう着やすさは洋服が身体(特に首・肩回り)に適切に納まり、軽く柔らかく感じる着用時の心地良さの事である。

これは動きやすさ同様型紙と体型補正、そして縫製によって実現される感覚である。

決して高級なウール生地や素晴らしいカシミア生地を使えば全てが心地良くなる訳ではないので「この生地凄く良いカシミアなので着心地も最高なんですよ」は間違いではないが正解でもない。

確かに感触は良いかもしれないが、型紙が合っていなければその生地の良さを100%感じているとは言えない。と思う。

逆に型紙も体型補正も出来ていて更に良い生地であれば、その生地のポテンシャルをより深く味わう事が出来るだろう。

仕立ての柔らかさに関しては縫製によるところが大きい。やはりミシンよりも手縫いの方が縫い目は遥かに柔らかい。(※ただこの柔らかさも適材適所で、例えばボタンホールはミシンの方が穴芯が柔らかい分柔らかく出来るが、手縫いの方がほつれにくく時間が経ってほつれても縫いなおしが容易である。なんでもかんでも柔らかければ良いというものでもない。)

以上が僕の思う「動きやすさ」と「着やすさ」の違いであり「着心地の良い」服の定義である。

ただ、この着心地うんぬんがあり、その上で「変なシワが出ていなくて見た目にもかっこいい立体的な服」で初めてビスポークの洋服は完成であるという事も付け加えておきたい。

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