一人で仕事をするようになってから、当たり前だがズボンも私が製作している。
注文が多いお店はズボン担当の職人がいたり外のズボン専業の職人に出すことがほとんどだが、細々とやっている私なんかは注文の全てを自分で賄う必要があるのでズボンやジレは勿論、そのうちシャツにも手を出すことになりそうである。
修行先によってはジャケットやコートなどの上物以外のアイテムを学ぶ機会がない事もあるので、テーラーの道に入ってから最初の5年程ズボンやジレを縫っていた私はある意味ではラッキーだったと思う。
それでも独立するまでの直近10年近くはほとんど上物を縫っていたので、本腰を入れてズボンを作ったのは久しぶりであった。
さすがに忘れることは無いが、恥ずかしながら最初の1本はジャケットに比べると思い出しながら縫う部分もあった。
しかし一つ一つの工程を確認しながらの作業は、型紙にしても縫いにしても当時ではたどり着かなかった新たな発見もある。その瞬間は頭の中がパッとクリアになると同時にドラクエのレベルが上がった時の音が鳴る。この瞬間はたまらない。
ただやはりものづくりというのは手を止めてはいけないものだなと改めて感じた。
さて、ビスポークのズボンでこれでもかと目や耳にするワード「くせ取り」と「S字カーブ」。
良いズボンの代名詞のように扱われるワードで、くせ取りにものすごく時間をかけたりカーブを足の形に変形させているものほど素晴らしいという風潮があるが、これに関しては職人それぞれの考え方があり、私個人としては体型と型紙のバランスでくせ取りの塩梅は変えるのが最善だと思っている。(※くせ取りを全くしないという事はあり得ないが、S字カーブはあまり意識していない)
ただ、その二つよりもズボンの出来で私が一番重要視している部分は「座り」である。
座りとは、ズボンをセンタークリースで縦半分に折って平置きにし、上側の足部分をめくった時の股部分(ワタリとも言う)の具合である。
くせ取りやS字カーブほど外で聞くことがない上に、穿いてしまうと見えない部分なので知らない方も多いと思うが、この部分が綺麗だと「座りが良い」などと言われズボンをチェックする際に職人なら必ず確認する部分である。
この座りに関してはくせ取りや縫製よりも型紙によるところが大きいのだが、ここが綺麗じゃない「座りの悪い」ズボンはどうなるか。
長く履いていると股部分の縫い糸が切れてほつれたり、厚めの生地だと生地同士が擦れてダメになってしまう`傾向`が強い。
座りが良いズボンは股の部分に均等に力が入り生地同士の擦れも少ないのだが、座りが悪いと力のかかる部分が1箇所に集中し生地同士の擦れも多い。
ズボンは力や熱が多く加わるものなので上物と比べるとどうしても消耗が早いが、ご自身のズボンでそんなに履いていないにも関わらず股の部分に問題が起こった場合はこの「座り」に注目してみるのもいいかもしれない。
※デニムなどのワークパンツはスラックスタイプとは型紙の作りがそもそも違うのでこの「座り」に関してはまた別の話である。
ちなみに私がズボンを見た中で過去最も座りの良かったズボンは、以前の職場にあった70年代のアンジェロ・リトリコで作られたビスポークズボンである。
このズボンの座り具合を初めて見た時の感激は忘れられない。
本当に見事な綺麗さで、それ以来私のズボンの目指すところはそのリトリコのズボンの座りである。
↑ズボンの片側をめくりあげた時の股部分。
↑青で囲った辺りが斜めの引っ張りなど無く綺麗に収まっている状態を「座りが良い」と言う。
※ただし、ここのアイロン処理も人によって微妙に違う考え方があるので、あくまで私個人の目安であるという事をご留意いただきたい。