浮かれた迂闊な話

迂闊であった。

確かに多少調子に乗っていたのは否めない。

富山に来たら必ずやりたい事の一つにサーフィンがあった。

東京にいた10年前、1年間ほどだがほぼ毎週湘南でサーフィンをやっていた。

生活スタイルや住まいが変わりその後は全く出来なくなったのだが、いつか必ず再開しようとサーフボードは取っておいた。

日本海でサーフィンと聞くとあまりピンとこないが、日本は島国ゆえ海沿いは必ずサーフスポットがある。

太平洋側より波は大きくないが初心者の私としては小波程度で練習する方がむしろ丁度良い。

本当は移住後すぐに始めたかったが、如何せんボード以外の道具は処分してしまったためウェットスーツやその他細かい道具を揃えるのに1年かかり、やっと今年の夏に準備が整った。

とは言え夏はシーズンではないので9月の終わりにやっと再開でき、それが嬉しくてつい調子づいてしまったのかもしれない。

富山は湾になっているのであまり波が無く、再開して何回かは車で1時間程度の石川県羽咋市(はくいし)の方に行っていた。

羽咋は砂浜を車で走れる千里浜が有名で、その近くのサーフスポットも砂浜にそのまま車で入れるのでサーフィンをするのに凄く便利な場所である。

そもそも車でサーフィンに行くという事自体、昨年免許を取った私からしてみれば東京にいた頃では有り得ない話で、湘南でやっていた頃はボードはサーフショップに預けておき海まではサーフィンを教えてくれた先輩の車で連れてってもらうか1人の場合は電車で行っていた。

なので1人車でサーフボードを携え海に行くという行為自体に浮かれていた。と同時に、浜は普通に車で走れるものだとも思っていた。

ちなみに車は2駆の小さい軽自動車である。

その日も羽咋の方に向かおうとしていたが、途中一番近い氷見の海岸近くを通った際結構波が良さそうな場所があった。

そこは木々の間が少しだけ入り口になっており更に浜まで少し下っている海岸で人がほぼいない、所謂穴場スポットで前から目を付けていた場所だ。

富山で波が良い日に遭遇したのが初めてだったこともあり、「一応波でも見ときますか」的な雰囲気を出しながら内心うきうきでそこに入っていった。

車を浜に止め、降りてサングラスを外しつつ波をチェックする。

「ほぅ、これは結構良い感じだな。。ではいっちょ入ることにしますかっと。」

今の場所では車が海に近すぎるので浜より少し上がったところに車を止めて準備しようと車に戻る。

サングラスとエンジンをかけ少し進む。

2mほど進んだ後、車が進まなくなった。

おや?と思った。

なんか砂にはまったかもなと思い外に出てみる。

前輪が砂に埋まっている。

あれ?これどうすれば良いんだ?

もう一度車に戻ってエンジンをかけアクセルを強く踏む。

ズオォーンという音とともに明らかに沈んでいる。

バックをしてみる。

ズオォーンという音と砂が掘れる感触。動かない。

「アレ、、ヤバい、、、ヤバい、、、」

ここでやっと一大事な事に気づくと同時にパニックになる。

外に出てタイヤ周りを見る。

先ほどより更に前輪が沈んでいる。車の底に隙間も無い。

Qちゃんさながらサングラスを投げ捨て手でタイヤ周りの砂を掻き出す。

さらさらとした砂がどんどん落ちてきて掘っても掘っても意味がない。

雪国ゆえ車には雪にはまった時用の簡易スコップを常備しており、それを大急ぎで出して砂を掘る。

タイヤ周りの砂をひたすら掘り、中腹辺りの砂も何とか掻き出して車の底に隙間が出来る。

この時点で1時間ほど経っている。全身砂だらけだ。腕と手が痛い。

タイヤの前に板を置き車に乗り込み発進してみる。少し進んだ!と同時にまた進まなくなり沈む。

車を降りて見てみる。

1時間前と同じ光景がそこにはあった。

愕然とする、がどうしようも無いのでまたひたすら掘る。

テレビで砂浜に落とし穴を作るのってこんな風に砂掘ってんだな。大変だな。

などと現実逃避に近い雑念が頭をよぎりつつ穴を掘り進める。

しかし最初の勢いは無く、これは掘っても意味がないんじゃ、、、という現実に泣きそうになる。

と、その時、浜の上の入り口に軽トラが1台入ってくるのが見えた。

思わず手を振り助けを求めた。

軽トラからおばちゃんが降りてきた。私も急いで駆け寄る。

おばちゃんは

「さっきジョギングでここ通った時に、ありゃはまってるなって思って帰りまた見たらもっと沈んでたんでこれはまずいと思って来たんよ。ロープ持ってきたからこれで引っ張ってみるよ」

と言ってくれた。

女神降臨である。

しかし軽トラの場所から私の車まで結構な距離がある。でも軽トラはこれ以上入れない。

更に、私の車は海を背にして止まっているので前側にロープを引っかけるしかないのだがその箇所が無い。

おばちゃんは「これはちょっと無理かもしれないねえ。JAFを呼ぶしかないねえ。」と言った。

私の頭にもJAFの3文字は途中から浮かんでいたが、呼んだことも無ければこの状況は果たして呼ぶべきなのかの判断もつかなかったので、呼んだ方が良いと言われた事で「ああ、これはそういう状況なのか」と気付かされた。

今考えるとなんて遅い判断だと思うが、実際その状況になるとパニックになるのとちょっとカッコ悪いという体裁が判断を鈍くさせたのだろう。

私はおばちゃんに心からのお礼を言い、JAFに電話をした。

JAFは「これから1時間半ほどでそちらに到着となります。」と言った。

「1時間半?!」

びっくりした。そんなにかかるとは思ってなかったので思わず声が出てしまった。しかしもはや手立てが無いのでお願いするしかない。

JAFに依頼をして電話を切った。

時刻はすでに12時ちょっと前だ。海岸についたのが10時前ぐらいだったので2時間ほど経っている。

そして2時間前より明らかに潮が満ちてきて波がだいぶ車近くまで来ている。

ここから1時間半このままだ。祈るしかない。

おばちゃんがJAFとの電話を終えるまで近くに居てくれたので、1人で待てることを伝えおばちゃんは去っていった。

20分ほど海を見ながらぼーっとしていたら、さっきのおばちゃんがコンビニの飲み物とパンを持ってまた来てくれた。

「とりあえずこれ食べて元気出され。」

見ず知らずの人間にこんなに親切にしてくれるなんて神のような人もいるのだなと感激と自分の不甲斐なさでうっすら泣いてしまった。

必ずお礼をする事を伝え(おばちゃんは終始いらないいらないと拒否していたが)連絡先を交換しおばちゃんは再び去っていった。

ただただひたすらこれ以上潮が満ちてこない事を祈りつつ時が過ぎるのを待った。

依頼から1時間半ほど経ち、入り口付近でそわそわと待っているとあっちの方から大きな車がやってきた。

JAFの到着だ!

車から降りてきたJAFの方は状況を見て「あぁ、これは大変でしたね。すぐ引き上げますからね。」とさらっと言った。

なんという心強いさらっと感。

こういう時のさらっと程安心できるものは無い。

そして10分とかからず車は引き上げられた。

「この砂浜だと4駆のジムニーでも無理でしょうね。僕の車でもギリですね。」

と言っていた。そりゃ2駆の軽じゃはなから無理だったんだなと思った。

JAFの方にがっちり握手をし、見えなくなるまで見送った。

人生初の砂浜スタックとJAF依頼、そして人の温かさ優しさに触れるという経験をした濃い数時間だった。

同時に、それまで少し調子に乗ってある種海を舐めていた自分に罰が当たったのだと思った。

その日以来、そのスポットに行く事は無い。

そしてJAFは早めに呼ぶ方が良いという事と砂浜を車で走れるところは全国で千里浜辺りしか無いという事を知った。

浮かれた迂闊な男の話。

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