オーダーを受けた際、最初に行うのが製図だ。

生地に直接製図していく所謂「直裁ち」という方法もあるが、僕は一度型紙を起こしてそれを生地に乗せていく方式をとっている。というかそれしか出来ない。

製図する時は製図用のシャーペンを使うとパタンナー学校では教わったが、ビスポークの世界に入った時にほとんどの職人さんが鉛筆を使っているのに驚いた。まあ恐らく昔の名残りでそのまま鉛筆を使っているのだろうが、なんだかそれがかっこよく見えたので自分も鉛筆を使うようになった。

少し経って、ある職人さんにカーブはフリーハンドで引けるように訓練しなさいと教わった。

学校ではカーブ定規を使って引くことを教わるし職人さんでも定規を使う人は多いが、フリーで引くことを教えてくれた方はそのほうが自然なラインになると仰っていた。

そういう「THE 職人」ぽい事が大好物の僕は、なるほどと思いそこから自然で綺麗なカーブをフリーハンドで引けるように練習した。

ただ、細長い鉛筆でカーブをフリーハンドで引くのはなかなか難しい。綺麗さとか自然な感じに引けないとかではなく、鉛筆だと単純に動作として難しいのだ。

そんな時、線を描く道具に「鉛(えん)チャコ」というものがある事を知った。

聞くと鉛筆の芯の素材で出来たチャコだという。

ちなみにチャコとは生地に線を描く際に使う三角や四角の形をした洋裁用のチョークである。チョークが訛ってチャコなのだろう。

通常のチャコは白が主であとは黄や赤、青などがある。親指と人差し指で掴んで描いていくのでカーブなんかもラインを意識しながら引くことが出来る我々にとっての必需品だ。

しかし鉛で出来たチャコなぞ見たこと無いし聞いたことも無かった。

すると一人の職人さんが持ってるというので見せてもらった。

初めて見た。本当に鉛の塊で出来た四角いチャコだ。普通のチャコは何かの拍子ですぐ割れるくらい脆いのだが鉛チャコは硬い。表面に小さくDIXONと入っている。アメリカのDIXONというチャコメーカーのものだ。DIXON自体は今もあるしチャコも作っている(はず)。しかしこれは見たことが無い。

持っていた職人さんに聞いたところ、もう何十年も前に製造中止になったのだそうだ。今の基準では引っかかる薬品だか製造過程に問題があるだかで、とにかく今はもう同じものは作れないらしい。

確かにこの鉛チャコならフリーハンドで型紙にカーブを描くのはさほど難しくない。

今はもう手に入らないのかぁと羨ましそうに眺めていたら、持ち主の職人さんが自分はもう随分使ってないし今後も使うことは無いからあげるよと言ってくれた。なんと!そんな!と言いつつもご厚意に甘え有難く頂戴した。

なんとクラシックな道具だろう。しかし1枚しか無い。「現在は製造不可」という心くすぐるワードも相まっていつものごとくなんとかして集めたくなってきた。

ただ、こればっかりは製造中止になってから随分経っている。このタイミングで鉛チャコを欲している人間は恐らく僕一人だろう。

試しに近所の付属屋(資材屋)に鉛チャコってありますかと聞いてみたところ、「鉛チャコ?!久々に聞いたけど今はもう作ってないから無いねえ」と言われた。

そして今の鉛チャコならあるよと見せられたものはDIXONでも昔のとは材質が全く違う(クレヨンぽい材質)に変わった物だった。

昔からやっている付属屋で無いとなるとなかなか見つけるのが困難な代物だなとその時痛感した。。

ネットなどでも色々と探してみたが見つからず数年経ったある日のこと。

たまたま通りかかったところに付属屋があり、入ってみた。

ボタンや糸や裏地など店内所狭しと並んでいる。

ショーケースには現行のDIXON製鉛チャコもある。試しに店主に鉛チャコはあるか聞いてみたところ、「あるよ」とその現行の黒い鉛チャコを箱ごと取り出した。

「今のじゃなくて、昔の鉛筆素材のを探してるんですよね」と言うと「あー、あれはもう今は無いねぇ」「今の鉛チャコでも良いじゃない。同じようなもんだよ」と店主は言う。

全然違うのだ。鉛チャコならなんでも良い訳ではないので、そうですよねぇ。。。と落胆しつつふと箱に目をやった。マットな黒いクレヨン素材の並びの中に、ツヤのある明らかに材質の違うであろう黒が一枚いる。

おや?と思い手に取ってみると、まぎれもなく”彼”だった。

「これ昔のやつですよね?!あ、あ、あるじゃないですか!」

テンションが一気に上がる。

店主は「あれ?確かに昔のだね。えー残ってたんだねぇ。君ラッキーだよ」と淡々と言った。

温度差が少し気になったがそれはそうだ。昔の鉛チャコをわざわざ探してるやつなんてそういないのだろう。

しかしずっと頭の片隅で探していたものが思いもよらないタイミングで見つかった時の嬉しさったらない。

そんなこんなでその1枚をすかさずゲットした。

やはり昔からある付属屋には掘り出しものが眠っている可能性が高いと踏んだ僕は、その後そのような店に行った際には必ず鉛チャコの事を聞いている。

そこから数年が経った今、手元には6枚ほどストックすることができた。

もう数枚欲しい気もするが、かなり硬い材質な上製図の中でもカーブに使うことが主なので1枚がかなりもつ。

というか最初に職人さんにいただいた使用済みの鉛チャコが未だ全然減っていないで現役だ。

なので現状の枚数でも恐らく相当の年数もつだろう。

という訳でとりあえず現在は鉛チャコ探しの旅はひとまず終了としている。

目下の興味は欧米の手首に付けるタイプの古いピンクッションだが、それはまた別の話。

↑初めて目の当たりにした頂いた鉛チャコ。

↑数年かけてストックしたデッドストックの鉛チャコ

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